『若草かおる青い花』目次と冒頭
「春、公園で――いばら姫2」(灯子)
その恋は妖術のようだったと思う。
私だけが夢中で恋して、そうしてある日、術は解けてしまった。
春休みだった。アルバイトもなく晴れた午後、ひとり暮らしの小さな部屋に籠もっていると心がどうしようもなく淀んだ。魂ごと何かとても分厚い、象の皮でがさつに大切に保護されているようだった。あの幸せな妖術の中に戻りたかった。恋しあっていると信じて疑わなかった日々に。
「私たち/あなたたち」(芳野笙子)
イチゴをつぶしました。
ジャムが作りたいのに(ムースだったかもしれません)、目の前にあるのはボウルと砂糖だけなので、仕方なく手でつぶしたのです。イチゴは熟れきっていて、ボールの底に押し付けると、たやすく形を失いました。
三パック目のイチゴをつぶした時、不意にいやな匂いがボウルから立ちのぼりました。
「不滅の女」(篠洲ルスル)
そのころはまだ、自分はレズビアンだと思っていた。名づけられた性のカテゴリイのうち、もっとも自分に近いのがレズビアンだったから。
本が嫌いだった。本を読んでも、自分と同じ人には出会えたためしがないから。嫌いでも読んだ。古今東西の名作ってヤツを虱潰しに読んでいけば、いつか出会えるかもしれないから。いまも本が嫌いだ。未だ出会えていないから。だけど読む、ほとんど祈りに似た気持で、かすかな光を求めて。