本の目次7

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『三十歳』目次と冒頭

「棺に入る」(芳野笙子)

 今日のセンゾは、スリッパだった。
 大学から帰って、台所に立とうとスリッパをはいた途端、足元から「棺は買ったのかい」と声がしたのだ。
 買ってません、と私は答えた。

「ミシガンモーニング」(詩子)

 明日は琵琶湖だ。
 午後九時過ぎに、予約していた大津のビジネスホテルに着いて、荷物を置いて部屋の中の写真を撮ろうと試みる。薄暗いのでいろんなスイッチやそれらしい出っぱりをひねってみるが、どうやら今ついているこれが、この部屋の明るさの最大値のようだった。

「つきのひかり」(灯子)

 スパゲティをゆでると残酷な気持ちになる。鍋底からたえまなく上がる泡に黄色い麺がたゆたって、なんだか西洋人形でもゆでているような錯覚に陥るのだ。くせのない豊かな金髪に長いまつげ、夢見る瞳の少女人形。

「アイム・オン・マイ・ウェイ」(篠洲ルスル)

 口いっぱいに含んだ酒を、藤岡万知はステージに向けて噴いた。紅い唇の滴りを拭う。電気ギターを弾きながら歌う男の、ラッパズボンの裾が濡れる。男が怯んだのは一瞬だった。淡々とリズムを刻むドラムスと、重厚にして華麗な電気ベースと、技巧を衒うリードギターは何事もなかったように続いていて、裾を濡らした男も音楽のなかに間もなく戻った。

「祝辞」(白江翠)

 信吾さん、おねえちゃん、ご結婚おめでとうございます。また、お集まりの皆さま、本日はお寒い中お集まりくださり、誠にありがとうございます。
 姉は―

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