本の目次6

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『風あおぐ青い花』目次と冒頭

「惜春」(篠洲ルスル)

 一年に七余日のみ一斉に花開く桜に狂気など感じないし、況してその根元に死体が埋っているとは露も想像しない。
 清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
 これだ。美しいものは美しい。それでよいではないか。桜はきれいだけれどきみもきれい、或いはきみはもっときれいだ。きれいだけどきみのほうがきれいだと言うのなら、花火でも夜景でもいい。金色の銀杏も同様にきれいだが、きみと比べるにはしっくりこない気がする。なぜだろう。

「かわいい、ほほえましい」(灯子)

 謙太郎と結婚が決まって、披露宴で流すプロフィールビデオのために実家から十枚ほど写真を借りることになった。
「かわいいのとか、ほほえましいのとか。あ、披露宴に出席する人が写ってるとなお良いね」
 さわやかに注文をつけながら、謙太郎は笑った。目を三日月の形に細めて、左頬に浅くえくぼを見せて、明るい青年の顔で。
 ぽわん、といい気持ちになって承諾した結果、現在わたしは古い学習机の下で埃にまみれている。

「桜井映美里の青春」(灯子)

 侑子ちゃんが廊下を通ったとき、掃除当番はみんな彼女に目をうばわれたのだ。
 その姿がトイレに消えるまで黙って見ていた。
「いまの子、かわいい」
 篠原さんが思わずという感じでつぶやき、それを潮に私たちはそそくさと廊下を掃いて掃除を終わらせてしまった。
 中一、四月の放課後、真新しいセーラー服を着た侑子ちゃんの横顔。たぶんそれは一目惚れの恋に近かった。

「たましいのふるひ」(芳野笙子)

 たましいを見に、実家へ帰る。
 観光シーズンをはずれた新幹線の車内はがらんとしているが、同じ目的の人も多いのか、みなそわそわとして、肩口や足先から青や桃色の光をちらつかせている人もいる。
 目を閉じて落ち着こうとすると、昔見たたましいの色や形が断片的に浮かんでくる。幸いなことに私のたましいは三つあって(これは同年代の子に比べれば多い方だった)、なめらかなのと、つぶつぶしたのと、青くて冷たいの、三つのたましいが私の周囲を衛星のように回っていたものだった。

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