本の目次4

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『星月夜の青い花』目次と冒頭

「水たまりの愛」(灯子)

 改札を出たところで、万里ちゃんは待っていた。小走りで近づく私に気づき、笑顔で手を振るしぐさが昔から変わらない。ただ、すこし痩せた。小花柄のワンピースの襟元で鎖骨がくっきりと浮いて、まだ九月だというのに肌寒そうだ。
「ごめん、待った?」
「ううん。二分くらい前に着いたの」
 万里ちゃんは屈託なく笑った。
「じゃ、行こうか。地図だと、お店はあっちの方向」

「エディットピラフと俺」(篠洲ルスル)

 こんなに空が青くて高い日には、うっかり世界を愛してしまいそうになる。ごみ焼却場のしましまえんとつの赤と白がまぶしい、新興市街地の朝だ。陸橋の下を、銀いろの電車が走っていく。並び立つショッピングセンターは、きょうの夢の終りにまどろんでいる。無機質な新しい街の風景それ自体はいま、なんの感慨もこの心に呼び起しはしない。言葉で描写するにも気が進まない。これからまた幾つも季節が変っていまが過去になってしまえば、甘酸っぱいノスタルジィとともにこの街を思い出すことがあるだろうか。そのときだろう、いま書いていることが役立つ機会があるとしたら。

「一〇〇産むあなた」(芳野笙子)

 夫は先月から一〇〇産む体になりました。一〇〇。虫が一〇〇であることもありますし、五千円札が一〇〇であることもありました(おかげで我が家の貯金は、五〇万円増えました)。花も、卵も産みました。
 最初こそ戸惑いましたが、何せ卵や花が一〇〇あっても仕方ないので、私は売りに出かけました。売り上げは貯金しました。私は専業主婦でしたので、夫が産んだものを売りさばく時間はたくさんあり、お金のやりくりも手慣れたものでした。卵や花はあっという間に売れました。夫の産んだものはいつでもピカピカと美しく、スーパーで売っているものとは段違いに魅力的でした。

「ハワイのキーホルダー」(詩子)

 洲崎が長年使っているキーホルダーは、透明なプラスチックに赤いハイビスカスと虹色の「Hawaii」の文字が入った角の丸い長方形で、たしか小学生のときクラスメイトの誰かがお土産にくれたものだったと思うが、おそらく二十年近く昔の話なので時期も相手も定かではなく、ただ洲崎自身はハワイへ行ったことがないという事実ははっきりしているので、まあとにかく貰い物であることだけは確かであるという、そういうキーホルダーだった。
 当然、特に思い入れもなかった。

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