『ゆく年の瀬の青い花』目次と冒頭
「永遠のビギナーズ」(篠洲ルスル)
水の音をかき消すロックンロールの轟音。生理現象を詳細に描写することにいかほどの価値があろうか、と美貴は考える。あらゆる露悪的な表現に対抗したい。なにを見聞きしても動じたくない。だから美貴は、排泄物や性行動について執拗で細密な言語的表現を終日捏ね繰り回す。性的なるものが好きなわけではない。激しい嫌悪を覚えるからこそ、敢えてそのことを考えて、克服しようとしているのである。けれども、万事に性的イメジを読み取るような強迫的訓練にも飽きた。ときどき典雅で優美な言葉の海に包まれたいとおもう。だがその典雅といううつくしい言葉も拡大する性産業に収奪されたではないか。
「白ねずみのメリーゴーランド」(詩子)
もう動かない遊園地に私は住んでいる。
遊園地は山の奥にあり、遊園地というより、公園がちょっと豪華になった程度のものだったのだけれど、数年前に閉園した。一体いつが最後の日だったのか私にはわからない。だんだんに人が減って、気づいたら誰もいなかった。遊園地がまだ騒がしかったころ、人々はえんじ色のケーブルカーに乗ってここまでやってきていた。ケーブルカーも今は動かない。
「つめたい飴」(灯子)
「ねえ、飴とけちゃう」
テーブルの上の飴に日があたっていた。由璃ちゃんが職場でもらったらしい。綺麗なピンクが二つと、薄いグリーンも一つ。グリーン、青りんごか何か?
砂をすくうように飴を三つまとめながら、わたしは「何か飲む?」と訊いた。
「うん。りゅうこちゃんと同じの」
甘ったるい声で由璃ちゃんは答えた。
「花きゃべつ通り」(詩)(篠洲ルスル)
きみとはじめて出会ったときが
きみとのわかれのときだった
きみのなきがら土にうずめて
花でかざったよ
その花も枯れて
はじめて冬を知るように
わたしはふるえていた
「星拾い」(相良直)
満月の夜は、星が降る。
ハルと星を拾いに行く約束をした。
彼が十六になる日のことだった。
掟により、村の男女は十六の歳を重ねて迎えた後、成人の儀式を行う。
儀式を済ませれば、周囲からは一人前の大人として扱われた。村を守るための仕事が与えられるのと同時に、伴侶となる相手を決める権利も得られるようになる。
トウヤは今年で十三になった。
「もの喰ふ幽霊」(芳野笙子)
幽霊の友人がいる。
友人は不意に家に現れ、昨日はどうも、とにこにこ挨拶する。「昨日」と言いながら、一週間ぶりだったり一ヶ月ぶりだったり三日ぶりだったり、いっこうに一定しない。しかしこちらも、昨日は楽しかった、とか、いやどうも、とか適当に相づちをうってにこにこする。一度「昨日って一ヶ月ぶりじゃないか、久しぶり」と返したところ、ひどく怒って、おまえがそんなに配慮のない人間だとは思わなかった、おまえが見えているものだけがすべてだと思うな、生者の傲慢を振りかざすなら、おまえとはもう絶交だ、呪い殺されても文句は言えないものと思え、等々ものすごい剣幕だったので、以来、前回会った日が昨日ということになっている。