『霜に咲く青い花』目次と冒頭
「花と世界」(灯子)
もう長いこと、花重にとって「ごはん」は生命線なのだった。おばあちゃんが亡くなって少し経ったころ、はす向かいの村上さんが「ごはん花重ちゃんがつくってるんだって?」と感心したように言い、おとうさんがまた正直に「花重が随分うちのことを頑張ってくれて助かるんですよ」と答えたものだから、当時九歳の花重はつい、あたしがちゃんとしてればおとうさんはあたしを置いていかない、と信じた。
「ペンギン・ザ・ストライカー/亀の記憶」(詩子)
そこまできたら、きらきらした道を右だよ。
携帯電話から聞こえる海亀さんの謎めいた説明を、私は聞き返す。「きらきらした道?」
道に、なにか光るものが埋めてあるんだよ。
海亀さんは淡々と続ける。
「宇宙と君とアウトサイダー」(麻美)
高二のクラス替えで同じクラスになった彼女はひどい中二病だった。彼女とのファーストコンタクトは六月。それまでろくに会話をしたことがない私に向かって彼女は言った。
「他の人には話さないで欲しいのだけど、実は私はこの星の人間ではないの。」
「青いアップルパイ甘し、いまさら私の人生など」(篠洲ルスル)
たとえば、ダンボールの崩れる音がして、倉庫に向うと、散乱した書物の向うに、先ほどまで訳知り顔で法律書について語っていたわが同僚なる男女が、着衣を乱して苦悶とも歓喜ともつかぬ声をあげていた、などという事態は、私の日常生活においていままで起きたことがない。これからも起きないであろう。それよりも、急な便意に襲われた私が、耐え切れず足下に茶色い濁流を形成してしまう、という誇大妄想のほうがよほど現実味を帯びている気がする。とはいえ、私の勤める書店で、客の若い女性が見知らぬ男性に臀部を触られた、などという類のことはときどき起る。
「無題」(相良直)
あたしのおじさんは、あと二年で魔法使いになれるらしい。
おじさん(正確にはあたしのお母さんの弟だから叔父さんだ。)はあたしが生まれた時、まだ中学生だった。
あたしとおじさんの年齢差は、おじさんとあたしのお母さんの年齢差より少ない。
あたしの感覚的には年の離れた兄に近いし、お母さんもおじさんのことを息子のようにかわいがっている。
あたしは今年中学に入ったばかりだけど、自分に年の離れた兄や姉がいなくてよかったと思う。