『帰ってきた青い花』目次と冒頭
「いばら姫」(灯子)
その日も起きると雨で、あめだ、とぼんやりしていたら夢を忘れてしまった。茨夫の夢だったのに茨夫が何を言ったか、どこにいたのか、洗い流されたようにさっぱりわからなくなっていた。カレンダーを見ると今日は十一月らしかったが、果たして十一月の何日なのか判然としない。
「愛の風景」(篠洲ルスル)
二度と還らぬ二十七の夏、八月四日の十八時だった、慧(けい)は大型雑貨店の文房具売場をうろついていた。
あと二十分もしたら、慧は通り向うのライブハウスにいるだろう。そのような場所に足を踏み入れるのは初めてだ、二十代も半ばを過ぎて十五六の子のように頬を火照らせる。
「八時半から五時半」(詩子)
おおむね月曜日から金曜日までの話だ。
ぎりぎり東京、ほぼ埼玉にある工場に通いはじめて三年になる。電車は都心から郊外へとむかうので、朝の通勤時間帯もさほど混まない。工場に通うようになってから、電車で本が読めるようになった。